憧れる上司、尊敬する上司。
上司。
なんか、この漢字をずーっと見てると、変な感じですよね、「上を司(つかさど)る」
司るって、、、。なんだか、妙に仰々しいですよね(笑)
ちょっと脱線しますが、「赤ちゃん命名辞典(http://www.baby-name.jp/dictionary/126.php)」によると、
「めんどうみがよく、周りの人から慕われる子に」という願いを込めて名づけることができる。
とありました。なるほど、上司というのは面倒見が良いことが必要(?)なのですね。^^
さて、話は戻って、「上司」という存在。
自分では選べないですよね。
親も選べません。それと一緒。
社会人になるということは、ある意味、赤ちゃんとして産まれてくることと似てると思うので、そんな中でどんな上司の下に付くか、というのはホントに「運」でしか無いんですが、とっても重要な事ですよね。
だからこそ、新卒を預かる時は(というか今でもそうですが)、ずっと自問自答してきました。私なんかで良いのだろうか、って。
「いい上司でありたい」
みたいな気持ちは今の私にはないので、そこを考えることは皆無ですが、もしかすると上司になりたてのステージの人にはそういった「あるべき論」の呪縛みたいなもので息苦しくなるときもあるかもしれないです。
(私は経験済み)
この数年、自分がいちばんの矢面に立って、さまざまに意思決定をしなければいけない局面を何度も経験してきました。
その時に、正しかったかどうかは別として、少なくとも「間違いではない意思決定」をしてきた自負はあるのですが、それってきっと、正しく参考になるお手本があったからだと思うのです。
意思決定をする際にいつも自分に問うていたのは、
「●●(上司の名前)さんだったらこういう時どう判断するんだろうな」
「▲▲さんだったらこういう時、こんな風に行動&発言して鼓舞するだろうな」
ということです。
私は、サイバーエージェント時代に、ほんとに尊敬できる上司が何人もいました。
今思えば、当時の自分では、実力も思慮も浅すぎて、その素晴らしい上司の期待や想いに全くついて行けてなかったと思うし、応えられてなかったと思います。
今になって、あれだけの考え方や、行動を見せてくれていたのに、応えられていなかったことがとっても申し訳なく思うので、せめて、少しでもその教えを、「私の先の人」に伝えてあげないといけないのだろうなと常に思っています。
私は、誰かと話しているとすぐアツくなってしまうのですが(たまに説教みたいになってしまうのですが)、でもそれは理由があって、私は素晴らしい上司からたくさんの事を教わったはずなのに、そのときにはそれに気づけていなかったから、期待にも応えられなかったし、成果も凡庸なものしか出せなかった。
せめて、私以外の人には、私みたいになって欲しくなくて、ついつい、おせっかいをはたらいてしまう事があります。(反省)
「知っていたか、知らなかったか」
これだけの差で、大きく人生は変わる事がある、と私は思います。
だから余計なお世話でも、一方的でも、とにかく伝えよう、伝えたい、と思っています。
聞いてないことまで答えるから、若干鬱陶しい、と思われたとしても、Going My Way精神で、私はやっぱりフルオープンマインドで行きたいと思います。
でないと、今までお世話になった方々に、顔向けできんのです。
さて、2月もあっという間に終わってしましました。
今月は、当社にとっても、本当に重要な1ヶ月でした。お客様に少しずつ受け入れられて、少しずつお任せ頂く領域が増えてきました。
本当にありがたいことです。
お任せいただけるのはホントにうれしいのですが、いつもドキドキして、背筋がピンとなります。
その、おまかせ頂いたご判断と勇気や決断に、絶対にお応えしたい、と思うからです。
お応えするのが、礼儀だと思うからです。
3月も、しっかりと成果に向き合って、スタッフ一同で進んでいきたいと思います。
3月もよろしくお願いします。
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